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家族の回復の証②

  • 執筆者の写真: アイラブジーザスチャーチ
    アイラブジーザスチャーチ
  • 2024年5月20日
  • 読了時間: 8分


※ 写真は当時長男義隆18歳、次男寛15歳、三男光1歳

弟の結婚式で

長年の祈りの答えに天からの慰めを受けましたが

我が家の歩みでどなたかにいくらかでも

励ましとなっていたようで幸いです

我々家族の紆余曲折からの回復が

回復を必要としている方々の中で

どなたかの慰めになったとしたら

それもまた幸いです

夫婦や家族は

自分たちだけではなく

多くの方々に支えられて

より成長して

成熟していくので

私の人生の帰路で

自らの進路や夢より

弟の命のほうが大切だと

私が思えた

私を育んだ

五十嵐家の大切な二つの

重要なできごとを備忘録として

弟のためにも書き残しておきます

自分の夢より

弟の命の方が大切だと思えるように至った

私の人生を変えたそれまでの大きな

二つのできごとがありました

そして、これから歩む新婚の二人には

生活を立て上げながら

愛し合う関係性を成長させながら

大学時代に沢山の子どもたちのために

活動をしたように

困っている方々へ

救いの手を差し伸べることを忘れないように

書き留めておきながら

これがまたどなたかの励ましとなれば幸いです

我が家の方向性を変えた二つのできごとの

一つは私が小学校の五年生のときに経験した

悲しい出来事でした

今回、母方のおばさんも

結婚式に出席してくれましたが

その旦那さん、おじさんの自死が

我々家族にとって

人の痛みのために生きる大きな岐路となりました

当時両親が37歳でしたが

先妻の長男として生まれたこのおじさんは

親族の遺産相続問題で板挟みに遭い

苦しくて耐えられず

自分がいなくなれば

この問題は解決するのだと考えて

自死を選んでしまいました

小学生の私には衝撃的なできごとでした

これがきっかけとなり

その自死のきっかけとなった

後妻の長男との関係性に自らを重ねた

父は後妻の長男として生まれた自分が

その苦しみの中にある

おじさんのことに気づいてあげられず

助けてあげられなかった悔しさから

牧師になりたいと決意して

聖書学校へ家族を連れていくことになりました

そのおじさんの死がなければ

我が家はまだ苦しみの中にある方々のために

心を込めて行動に移して

生きて行こうとは

考えなかったのだろうと捉えています

85才になったおばさんと

私の結婚式以来

久々に弟の結婚式で再会できて

「おじさんが亡くなられたことで

我が家は人のためにもっと生きようと

両親が決意して

家族の生きる方向性が変わり

そして、光の誕生と結婚が実現したんですよ」と

感謝をお伝えすることができました

そしてもう一つは

その両親の決意のまさにスタートとなる出会いです

それはいま両親が住んでいる家で

かつて建具業を営んでいた時に

父が友人から依頼されて雇用した

聾唖の知的障害者の青年との出会いでした

もっと正確に言えば

その青年の両親と

我が家の両親との出会いでした

その青年の両親は

子育てが大変で

子供を殺してしまいたくなることが

なんどかあったとその苦しみを聞かされます

そこでなんとか助けたいと思った父は

その青年を雇用することを決意して

我が家と共に働くことになります

私が3歳の時でした

その青年を雇用したものの

手話を知らず筆談しかできない両親は

仕事をまともにできないその青年のことで

悩むようになり

車に乗せて町中を走っていて

目の前にあった教会に連れて入り

青年を救ってくださいと涙を流して

祈ったことで父は教会に行くことがはじまり

イエスキリストを信じてクリスチャンとして

生きていくようになります

ようは、青年を助けてほしいと

祈った父がまず神様に助けられることになり

その青年を雇用できた期間は

わずか一ヵ月でしたが

その父の溢れる涙を覚えていたのでしょうか

私が26才になったとき

「我が家はあの青年を受けいれていなかったら

いまの我が家はないよね」と

父と話して

23年ぶりにご両親にお電話しますと

クリスチャンになりなさいと伝えたことは

一度もありませんが

父の涙と

教会を覚えていたのでしょうか

その青年もクリスチャンになっていて

しかも聾唖と知的障害も克服して

長距離のドライバーになり

結婚して家族を持ち

自分の家まで建てるに至っていたのでした

かつて、言葉は聞こえていなかったけれど

涙の祈りが心に届いたのだろうと思い

少しはお役に立てたのかもしれないと思えて

親子で喜んだ記憶が蘇ります

さて、人生は不思議な出会いばかりです

妻とは当時

私が音楽を導くお手伝いしていた

渋谷ハーベストという教会の礼拝に

妻がたまたま久しぶりに参加してみると

友達に連れて来られると

私の友達と共通の友達で

当時互いに同じ本を同じタイミングで読んでいて

話が盛り上がり結婚に導かれ

下の弟は自衛隊時代に

落とした財布をひろってくれた女性と

交際することになり結婚に導かれ

今回結婚した下の弟は経済的に厳しくて

高校のお金のかかる寮生活ができなくなり

2年生の途中から

実家から電車で通う中で

もう学校に行く楽しみがないなと

考えているときに

同じ駅から同じ高校に通っている

一つ年下の女性と出会うことになります

その彼女も通学が大変でやめたい気持ちで電車に

乗っていると同じ高校に通う弟がいることを知り

彼女から声をかけてくれて

それが弟の奥さんになるかたでした

前後しますが

父と母は自死を選んだおじさんのことで

遺産相続問題を今後家族、親族で

同じ痛みを経験させてはならないと

クリスチャンになった両親は

まずは自ら遺産相続の拒否を両家に伝えて

そして、当時建具の自営業で持っていた

機械や道具を仲間たちに売って

聖書学校の学びに行くことになり

夫婦でアルバイトをしながら

聖書の学びをして子供も三人を育てましたが

それからまわりの仲間たちのようには

楽な暮らしはした記憶がありませんでしたので

弟と奥さんは

自分たちでコツコツと結婚のための資金を貯めて

誰にも頼らなくていいように

素晴らしい結婚式を挙げられたことで

たくましく成長して

同じ価値観で支えてくれる

素晴らしい女性と出会えたとわかり

本当に嬉しいです

さて世の中には

いろんな家庭環境や

家の事情で子ども時代に

選択肢のない期間を

過ごしてきた方もいることと思います

しかし社会には

人を助けてくれる大人たちや

また子どもたちを助けるためのしくみや

制度があります

そして聖書には神の国と神の義を求めれば

全てが与えられると書いてあります

いま私は同じ価値観を共有する仲間たちと

災害支援をはじめ

世界情勢や

家庭事情で困難を覚えている人たちのために

一生懸命に環境改善をできるように

連携しながら

相談して

実践に移していこうと日々やりとりしています

我が家は愛することとは何かを見失いかけ

人生の荒波で溺れかけていましたが

弟が生まれるプロセスで

再浮上しました

そして、今、人生の荒波で困難を

覚えることがあれば

家族や仲間でもできないことがあれば

近くの教会や

地域の政治家に相談してみてください

そして、一人でいるときにも

祈ってみてください

実は弟が生まれるまで

隠れキリシタンでしたので

私は両親の喧嘩の悩みを仲間にも

親族にも

誰にも相談できずに

声も出さないで

一人で心で祈っていました

もしも本当に神様がいるならば

この家族を助けてください

もうこれ以上続いていくと

メンタルが持ちませんと

そうしたら

私の三つ下の弟が

3回同じ夢を見ました

それは我が家に赤ちゃんが生まれる夢でした

いやいや

当時母は45才の高齢

しかも両親は喧嘩がエスカレートして

父との喧嘩が辛くて

母が家を夜中に飛び出して

居なくなった日もありました

そんなことがあるわけないよなと

3回目の夢について

弟は男の子だったよと言いました

いやいや

俺は大学受験目指して勉強しなきゃならない時期

赤ちゃんが産まれたら

この経済状況では

大学なんか行ってる場合じゃないだろと

心のそこで思いながら

そんな自己中心的なことは言えるはずもなく

不安な弟と妹にせめて

私がなんとかして助けてあげたいと

兄としての態度を取るのが精一杯でした

そんなとき

父に一人部屋に呼ばれて

大事な話があると言われました

当時、隠していたエロビデオのことで

怒られるかなと思っていたら

なんとお母さんに赤ちゃんができたとの報告でした

忘れません

我々はクリスチャンホームだから

中絶はしたくないけれど

赤ちゃんが産まれたら

お前を大学に行かせてあげる余裕もなくなると

それは高校2年の2月の出来事でした

それでも母と父の喧嘩が全く無くなることはなく

我が家はどうなることかと

そんな高校三年の9月5日

医者に母は高齢出産で何があるかわからないので

覚悟してくださいと

言われておりましたので

産まれた弟が元気で安堵した日を

思い出しました

さて

人に相談して助けてもらえることもありますが

しかし限界があります

聖書のことばに

主の名を呼ぶ者はみな救われるとあります

緊急事態の時

携帯で誰かに電話もかけられないとき

回線や電池は生きていても

誰かに相談できる気持ちではないとき

祈りを選択することもできます

人が助けられない時

誰にでもできることです

人に助けを求めて助けてもらえる人は

幸せですが

助けたくても届かない

間に合わない

解決できそうもない問題もあります

あなたを見捨てない存在があるとしたら

祈ってみてください

言葉にならなくても

心で祈ってみてください

私の家族回復の

誰にも相談していない祈りの答えは

弟が生まれたことでした

その日に家族は心の重荷がとれて

みなで笑顔になり

一つとなって助け合うことをはじめました

そして、和歌山の宣教師から

お手紙が届き

教会のお手伝いをしてほしいとのことで

家族揃って加茂市から

和歌山県田辺市に引っ越しをしたのでした

改めて祈りについて

弟の結婚で振り返ったことを

また書き綴ってみます

 
 
 

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